※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・制度とは関係ありません。

あれから、ずいぶん時間がたった。
文学に興味があった私は作家になり、いくつかの賞もいただいた。
そんなある日、某大手教科書会社から電話が来た。
「教科書の教材を書いてみませんか?」
児童文学を得意としていた私は、思わず跳び上がった。
■ 編集会議という名の“戦場”
――ガタン。
若手編集者の戸田君が突然立ち上がり、腰を90度に曲げて頭を下げた。
「すみません! 先生、書き直してください!!」
私が書きたかったのは、初恋物語だった。
銀木犀の花言葉。
おとなしい文学少女。
外向的でかわいい親友。
守られなかった約束。無視……。
泣き出した主人公を慰める幼なじみの男の子。
そして秋の公園で、文化祭に出す石鹸を作るため
銀木犀の花を集める二人の姿。
中学一年生に喜んでもらうため、
ラノベもアニメも研究し、キャラ設定も万全だった……はず。
しかし戸田君は言う。
「無視……悪役令嬢のいじめはマズいです。
それに教科書で恋愛モノは……。
主人公の“成長物語”にしましょう。」
いじめを書くのは避けたい。
でも、私は作家だ。書きたいものを曲げるわけにはいかない。
「編集長に直接言います。」
■ 文科省の壁
編集長は、ケータイの向こうで静かに言った。
「主題を変えられないなら仕方ありません。
恋愛物語では文科省教科書課の審査を通りませんよ。
市町村教育委員会の採択も難しいでしょう。
今回は、今までの教材をそのまま載せておきます。」
電話が切れた瞬間、
音のないこま送りの映像のように、
ライバル作家たちの顔が浮かんだ。
■ 戸田君の電話
その夜、戸田君から電話が来た。
「先生、今日の件なんですけど……
誰かから“古い友達をすてて、新しい世界に向けて歩いていく”ことを
教わる話ならどうですか?
編集長からもOK出ました。」
「突然新キャラが登場、話を丸くおさめるの?
ゼウス・エキス・マキナでしょ!
そんなふざけたものを書けって言うの?」
「先生しかいないんです。
今の子どもに受け入れられる作品を書けるのは……。」
私は原案を改稿した。
銀木犀の木の下に閉じ込められていた主人公が、
男の子と触れ合い、公園のおばさんの話を聞き、
木の下から出て新しい世界に踏み出す物語へ。
こうして『星の花が降るころに』は教科書に載った。
■ 打ち上げの夜
打ち上げの席で、戸田君が嬉しそうに言う。
「先生、すごい人気です。
ほら、こんなにファンレターが」
「とても楽しかった」「男の子かわいい」「続きが読みたい」
女子中学生からの手紙が並んでいた。
そのとき、大作家の先生が声をかけてくださった。
「いい作品じゃないか。一皮むけたね。」
私は照れながら言った。
「でも……ゼウス・エキス・マキナを出しちゃって」
すると先生は笑って言った。
「そこがいいんだよ。
教科書は、
こうなりたいという子どもの“願い”と、
こうあってほしいという大人の“祈り”でできている。
それを結びつけるのが“神の手”なんだ。
君の作品なら、それが“星の花”なんだよ。」
■ 教科書は、物語の外側にある
私は気づいた。
教科書は、
私の作品を喜んで読んでくれる人のためだけにあるのではない。
同人誌とも、書店のおすすめ本とも違う。
もっと大きな”願い”や“祈り”の中にある。
またいつか教材を書くことがあるかもしれない。
ないかもしれない。
どちらでもいい。
きっとなんとかやっていける。
私はそう思って、会場を出た。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・制度とは一切関係ありません。
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